夜明けが訪れるはるか前のこと、霧の立ち込める竹林の奥へと、一人の女性が足を踏み入れた。名を葵(あおい)という。京都郊外の古い社家に生まれた彼女は、幼い頃から竹林に親しんできたが、この朝ばかりは何か違う予感を胸に抱いていた。露に濡れた土を踏みしめ、竹の葉が奏でる静寂の音楽に耳を傾けながら歩いていると、突然、足もとから青白い光が滲み出てくるのを見た。驚きのあまり立ち止まった葵の瞳に映ったのは、土の中に半ば埋もれた、掌ほどの大きさの結晶だった。その結晶はまるで生きているかのように、淡い青の光を周囲に放っていた。
結晶を手に取ると、ひんやりとした感触とともに、指先から温かみが広がっていくのを感じた。光はいっそう強まり、周囲の竹の幹にも反射して、林全体が水底のように揺れ動いた。葵はその場に座り込み、しばらくの間、ただその光を見つめていた。やがて彼女の背後から、落ち葉を踏む音が近づいてきた。振り返ると、白い作務衣をまとった老僧が立っていた。齢八十を超えるとおぼしき老僧は、目を細めて微笑み、「それは七百年の眠りから目覚めた光じゃ」と静かに言った。
「この結晶は、かつて鉄木(アイアンウッド)の精霊が地中に宿した記憶じゃ。人の手が触れることで、眠っていた命が再び灯る。自然と人の間にある、見えない絆の証じゃよ。」
— 老僧・道元(どうげん)の言葉
老僧・道元は葵を近くの庵へと招き、温かい茶を一服ふるまいながら、クリスタルに宿る古の物語を語り始めた。この地の竹林には、鉄木の根が地中深くまで張り巡らされており、その木の霊気が長い年月をかけて周囲の鉱物と融合し、生物発光の性質を持つ独特の結晶を生み出すのだという。竹の根もまた、その結晶に養分を与え、結晶は竹に光を返す。この相互の命のやり取りが、七百年もの間、人知れず続いてきたのだった。道元は若い頃、師匠からこの場所を教えられ、以来、結晶の番人として竹林の奥に暮らしてきたと話した。
翌朝、葵は道元老僧に導かれ、竹林の最奥部へと足を踏み入れた。そこには、数百もの結晶が地面から頭を出し、それぞれが異なる青や翠、金色の光を放っていた。まるで天の星を地に移したような光景に、葵は思わず涙をこぼした。道元は言った。「この光を世に伝えることが、あなたに与えられた使命かもしれない。ただし、それは采掘ではなく、共生でなければならぬ。木と結晶が共に在るように、人もまた自然の一部として関わることが肝心じゃ」と。葵はその言葉を胸に刻み、Ironwood Crystal株式会社の前身となる工房を京都の山中に開いた。
あれから十数年が経った今も、葵は年に一度、竹林を訪れる。道元老僧はすでにこの世を去ったが、庵の跡地には新しい竹が育ち、地面には今も光る結晶が宿っている。彼女が手がけるすべての作品には、あの朝に感じた冷たさとぬくもりの両方が込められている。自然の記憶を人の手で形にすること。それが、Ironwood Crystalの変わらぬ信念である。